
経営はリレー、連携で成果を上げよ
ポパルを起業してから37年。今や110名まで成長した組織に目配りを欠かさない猪股社長が考える「組織」「経営」とは。
「経営はリレーだ」
「連携で成果を上げることが、組織を作る意義だ」
これらは、猪股社長が今まで何度も口にしてきた言葉の一部だ。
以前、猪股社長は「ポパルの社員は皆、優秀だ」と語ったが、「一人ひとりは優秀だが、個人戦では天才にとても及ばない」とも見立てている。
そもそも天才ならば個人で戦えば良い、と考える人がいるかもしれない。裁量も自由も、そして利益も全て自分のものになり、内部の人間関係のわずらわしさも無いと思えば尚更だろう。
それでも組織する最大のメリット、それは個人の欠点を補い合うだけはなく、個々人の能力を乗算する以上の力で大きな仕事を成し遂げられることだ。
それなら天才をたくさん集めれば、必ず大きな成果を上げられるのではないか。そう尋ねたところ、猪股社長は「構成員が天才である必要は無い」と言い切った。
これはスポーツで例えるとわかりやすい。猪股社長が切り出したのは、2008年の北京オリンピックの話だ。日本は男子400mリレー決勝で38秒15の記録をたたき出し、見事銅メダルを獲得した。
実は日本チーム4人それぞれの記録は、個人で世界記録を持っている他国の強豪アスリート達のそれにはとても敵わない。各人の100m走の記録を単純に足していくと、その差はさらに広がってしまう。
なのに何故、メダルを勝ち取れたのか。
それこそ連携の力だ、と猪股社長は主張する。
リレーにおける連携はバトンタッチだ。
バトンゾーンへ向かってくる選手と、これから走り出さんとする選手のスピード差から、タイムロスが生まれてしまう。日本チームはそこに目をつけた。
バトンを下から、次の選手の手に滑り込ませるように渡す…この工夫でバトンを落とすことなく確実につなぎ、バトンゾーンでも通常に近いフォームで腕を振り、安定したスピードを維持できるようにした。
一方で他国の選手達は、誰もがバトンを上から振り下ろす形で次の選手に渡した。中には上手くいかずバトンを落としたチームさえあった。
結果、常にベストの体勢で走り続けた日本が、各個人のスピード力でバトンタッチのロスをカバーしようとした他国を引き離したのだ。
一人ひとりの能力は天才にはとても敵わない。しかし他と上手く連携すれば、プラスアルファの力で天才の個人プレー以上の成果を上げる可能性が生まれる。だからこそ、連携の工夫が組織運営の肝であり、経営者の腕の見せ所なのだそうだ。
そして起業から36年、未曾有の不景気にさらされている今、猪股社長は社員たちの連携の強さをひしひしと感じているのだという。
例えば、全国各地の百貨店内にあるスタジオと東京本部との連携もその一つだ。
スタジオでは通常、百貨店内のPOP広告を制作しているが、その枠組みを越えた、現地での制作が難しい什器や大型パネルなどの制作を受けることもある。
店頭広告のプロであるスタジオ担当は、百貨店の販促担当者から要望を詳細に聞き取り、売場の現状を沿えていち早く本部へつなぐ。本部はその店舗に合わせた案を練り、すぐに返す。スピードとクライアントが確実な成果をイメージできる提案で、1店舗の案件が全国規模の受注に広がることも多々あるのだ。
この連携は一朝一夕に成り立つものではない。スタジオは日々、売場の動きをつぶさに観察し、本部には電話やメールで、時には掲示板から全スタジオに向けて情報を発信する。また本部も、スタジオに対して様々な情報提供を行っている。
この真摯な姿勢は、本部に貼り出されたスローガンからも見て取れる。
「こつこつガツガツ チャレンジ大作戦」。不況の今だからこそ、どんな小さな事も取りこぼさないよう、スタジオとの連携をさらに強化すべく一丸となって日々取り組んでいるのだ。
連携は部署内のみに留まらず、部署や地域の垣根を越えた全社に及び、クライアントからの厚い信頼を勝ち得ている。
「ポパルの社員は皆、優秀だ」
懸命に働く社員たちの生活を賄い、税金を納めて社会貢献するには、会社組織と利益の存続が不可欠…だからこそ、猪股社長は企業家ならではの厳しい眼差しで未来を見据える。
企業の根幹である事業計画や組織づくりなどにおいて、連携がきちんとなされているか、成果をもっと上げられる組み合わせは無いか。猪股社長は常に、様々なチェック機能を駆使して精査し、必要であれば大きく手を入れる。
その上で1月から3月の間、毎年計3回に渡り実施される社内研修では、組織に属し各々の仕事に没頭していると忘れがちな「組織のメリット」や「連携の強み」を全社員に周知徹底する。
この積み重ねが、36期に渡り赤字を出さない経営を続けている理由の一つなのだ。
今回の記事を持ちまして、「週刊 社長・猪股護」を一時休載させていただきます。
5月のスタートから8ヶ月間のご精読、誠にありがとうございました。
またいつか、お会いしましょう!(編集担当:山本)
(2009年12月25日)
